天海祐希の宝塚時代の異例づくしの伝説と実は乙女な件について。

こんにちは!リリスです。

新番組「緊急取調室」が高視聴率を叩き出し、好調なスタートをきっています♪

私は元々主役の天海祐希さんの大ファンで、宝塚時代から大好きです♡

そこで、今回は天海祐希さんの宝塚時代の伝説とクールなイメージのある天海さんの実は乙女な一面をご紹介したいと思います。



天海祐希プロフィール

本名 中野 祐里
(なかの ゆり)
生年月日 1967年8月8日(51歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都台東区東上野[1]
身長 171 cm
血液型 O型
職業 女優
ジャンル 舞台テレビドラマ映画
活動期間 1987年 –
活動内容 1987年宝塚歌劇団入団、月組配属
1993年:月組トップスター就任
1995年:宝塚歌劇団退団。その後、芸能事務所フライングボックスに所属。
2003年研音へ移籍
事務所 研音
公式サイト 天海祐希オフィシャルサイト
主な作品
舞台
ロミオとジュリエット
ベルサイユのばら -オスカル編
風と共に去りぬ
ミー・アンド・マイガール
オケピ!


ドラマ
離婚弁護士[1]
女王の教室
トップキャスター
Around40〜注文の多いオンナたち〜
BOSS』など


映画
『クリスマス黙示録』
バッテリー

引用元:Wikipedia

宝塚時代の伝説

天海祐希さんは、中学生の時にその眉目秀麗な容姿と高身長から、宝塚好きの担任の先生から宝塚受験を薦められ、高校進学後元タカラジェンヌの先生が主催しているスクールで研鑽を積み、高校2年生のときに宝塚音楽学校を受験し首席で合格しています。

宝塚の大御所、演出家の植田紳爾に「お母さん、よくぞ産んでくださいました。」と言わしめたほど、入学前からそのスター性は評価されていました。

宝塚入学前も、東京在住という立地からスカウトの目にも留まり、雑誌の表紙を飾ることもあったそうです。しかし、厳格な親御さんはそれを許さず怒られてしまったというエピソードも残されています。

宝塚音楽学校入学後は、首席入学ということもあり同期の長を任された天海さんですが、予科生(宝塚音楽学校1年生)時代は本科生(2年生)からの「本科生がカラスは白いと言ったら白い。あなたがしっかりしていないと、予科生の皆が同じように見られる。他の生徒が笑っていてもあなたは笑わないで。」などの厳しい教えを受け苦悩します。そんな状況で天海さんをねぎらい、助けてくれる同期に恵まれ、天海さんは同期との絆を育みながら宝塚音楽学校を無事卒業します。

宝塚音楽学校を卒業後、宝塚歌劇団に入団する天海さんですが、早速その頭角を表します。

宝塚において新人公演とは、同時期にトップスターが演じる演目を、本公演とは別に入団後1年目~7年目が演じるものですが、主役は従来入団後6~7年目の研究生が選ばれるそうです。しかし、天海さんは入団後1年目で新人公演「ミーアンドマイガール」の主役に抜擢されてしまいました。御本人のプレッシャーは相当なものであったと推測されます。しかし天海さんは稽古や公演のあとに当時トップスターであった剣幸(つるぎみゆき)さんの本公演を連日見に行き、その技を盗もうと必死で努力されています。その姿を見た剣幸さんも、天海さんにアドバイスと温かい言葉をかけてくれたといいます。

そんな飛び級のような出世をしていた天海さんに対し、まだまだ上級生の冷たい視線はやまなかったそうですが、世間と経営陣がその才能を見逃すことができず、天海さんは入団7年目にしてトップに就任します。

元来ものの考え方が謙虚で華美なことを苦手とする天海さんは、トップが背負う大きな羽にも違和感(自分の性には合わない感)を感じ、従来のトップさんが背負う羽よりも一回り以上小さい羽を背負ってのトップお披露目となりました。

トップスターとして注目されてからも、従来のトップは華美な私服でファンの出迎える前に登場するにもかかわらず、天海さんはジーパンにジャケット等のラフな姿で劇場入りするなど、その飾らない姿勢が異端とされながらも多くのファンの支持を集めていくのです。

そして伝説は続き、天海さんはトップ就任からわずか2年という短さで宝塚歌劇団退団という決意をすることになります。

天海さんが本来得意とし、突き詰めていきたいのはお芝居であるため、彼女は潔く退団しました。

確かに、天海さんは宝塚時代ミュージカルで歌っているときに、よく声が裏返っていたりしていたのであまり歌は得意でないのかもしれません(笑)。でも、私を含めファンにとってはそこもチャームポイントとして愛されていたのも事実であります。

退団後すぐに、化粧品会社のCMに破格のギャラ(ウン千万)で起用されるなど、その後のご活躍は皆様ご存知のとおりです。

天海祐希は皆が思っているほどクールじゃない!

その風貌から、「離婚弁護士」や「緊急取調室」など、クールな役柄を演じることが多い天海祐希さんですが、本当は昭和の日本女性のような古風な性格を持っておられます。

天海さんは倹約家でも知られており、宝塚音楽学校時代は、1つのセーターを買うにも「もったいない」と躊躇し、それでもやっぱり欲しいから実家の親に「買っても良いでしょうか」という旨の手紙を書き、父親が母親に「そんなに小遣いを与えてないのか?」と問いただすというエピソードが明かされています。

男性関係においてもその謙虚さは発揮されていて、以前インタビューで「1人の男性とお付き合いをして、その人を理解するまでだいたい3年位はかかるから、3年位はお付き合いしてみないと。」という旨の話をされていたので、男女交際に関してもその誠実さがうかがえます。

現在51歳独身。謙虚すぎて婚期を逃しているのでしょうか。良く巷で囁かれる言葉で「判断力の低下で結婚し、忍耐力の低下で離婚する。」と言われているように、慎重すぎても婚期が遠のいてしまうのでしょう。

あんなに綺麗で、しかもつつましやかな性格なのにもったいない!と思うのは私だけではないはず!

 

まとめ

今回は、「緊急取調室」の視聴率が好調の天海祐希について、宝塚時代の伝説から性格の意外な一面までをショートバージョンでまとめてみました。

女の私からしてもとっても魅力的な女性の天海祐希さん。いくつになっても綺麗な天海祐希さん。

今後もその動向に注目していきたいです♪


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